
更新日:2014年11月2日(日) 【展覧会】
特別展『Paul Aizpiri ポール・アイズピリ展』がはじまりました。
ポール・アイズピリは1919年生まれのフランスの画家。
2014年に95歳となった今も、パリのアトリエで絵を描き続けています。
1983年の第一回「絵のまち尾道四季展」に招待作家として尾道に招いて以来、
交流を深め、なかた美術館で中心的にコレクションしてきました。
実は美術館のロゴマークも、アイズピリのデザインによるものです。
今回はそのコレクションだけに留まらず、
アイズピリが30代の頃の作品や、90歳を超えた近年の作品などを特別にお借りして、
100点余りの展示で、その魅力と画風の変遷をご紹介しています。
そしてアイズピリの祖父の故郷であるバスクを主題にした作品や、
ビエンナーレに参加して以来、描き続けているヴェネツィアの風景、
イタリアの古典演劇に影響を受けた作品など、
アイズピリが取り組んできた多彩なテーマもご紹介しています。
これだけの作品が一同に集まる機会はそうないのでは・・・!と思っています。
アイズピリファンの方も、これまでと違う発見もあるのではないでしょうか。
もちろん、これまでご存じなかった方にも、ぜひご覧いただきたい展示になっています。
会期中は「nakata Labs(なかたラボ)」のイベントもたくさん計画しています。
どうぞお楽しみに。
11/9(日)13:30〜15:00
ワークショップ『アイズピリへの手紙』
きれいな色とおもしろい形を切り貼りして、コラージュで
オリジナルの封筒と便箋を作ります。
アイズピリや、あなたの大切な誰かに手紙を書いて送ってみませんか。
対象:小学生から大人まで
定員:15名 参加費:1,000円
持ち物:色鉛筆、ペン、はさみ、のり
特別展 「Paul Aizpiri ポール・アイズピリ展」
会 期 = 11月1日(土)〜2015年2月22日(日)
開館時間 = 9:00〜17:30(入館は17:00まで)
休館日 = 月曜日(祝日の場合は開館し、翌日休館)
※12/22(月)は開館
※12/29(月)〜1月5日(月)年末年始休館
主催 なかた美術館
更新日:2014年9月3日(水) 【展覧会】
さて、早一ヶ月が経ちましたが、アーティスト・ミーティング報告の続きです。
トークは休憩をはさんで、引き続き第4展示室へと進みます。
ここでは稲川 豊さんが、空間を思い切り使って作品を展開しています。
稲川さんは現在は尾道在住ですが、長らくロンドンを拠点に活動していました。
そこで西洋と日本の文化の違いを目の当たりにし、また改めて自分のルーツである日本のカルチャーシーンを見つめたときに、強い違和感や特異性を感じたと言います。
例えばクリスマスや教会での結婚式といった宗教的な行事や、人種的なアイデンティティに関わるような目の色や髪色を簡単に変えてしまう行為も、日本ではイベント的なもの、気軽なファッションとして受け入れられていたり、そもそも西洋由来の油絵に対して、日本画というジャンルを作ってしまった美術の歴史も然り。
最近よく「ガラパゴス」と喩えられたりしますが、外来の文化をしばしば憧れを持って取り込み、それを全く独自に解釈して楽しむ日本の様子は、ある意味でグロテスクなようで、非常に面白いものでもあり、そして切り離すことのできない自分のバックグラウンドでもあると稲川さんは言います。
そして稲川さんは、作品とは自分も含め、作り手となる人が背負っている文化の窓だと考えています。
自分とつながりのある友人知人や、身の回りの物たちを写真に撮って、コンピューター上で合成してイメージを作り、さらにそれをキャンバスに油絵の具で描く、という稲川さんの制作方法は、あらゆる文化を変形・合体させ、ねじれて、まぜこぜになった日本の文化の縮図になっているのです。
今回、稲川さんの展示は2013年と2014年の新作ばかりです。
キャンバスと白木や布など、異素材を組み合わせたミクストメディアの作品や、アトリエで生まれた下絵、展示する作業の中で派生した形など、「作品」にならなかった側のものを組みあわせたインスタレーションなど、絵画というフォーマットに留まらない、新しい展開を見ることができます。
稲川さんはひとつ例え話をしてくれました。
鉛筆デッサンをして、2時間かけて色が変わった紙と、けずれて形を変えた消しゴムがあったとき、仮に「絵」という概念がない文化の人から見たら、消しゴムのほうが成果物のように見えるかもしれないと。
本来、限りなくある選択肢の中で、何を選び、作品として提示するか、その判断に自覚的であるべきだと気づかされます。
また、作者の思い通りのものだけを詰め込んで、窮屈な作品にしたくないとも語っておられました。
偶然や意図しないものも取り込んでいるのはそのためです。
作品や絵について、そしてその拠り所となる文化など、自明になってしまっている事ひとつひとつを、徹底して見つめ直し、検証していく稲川さんの姿勢が伺えます。その制作量、思考の密度に圧倒されたトークでした。
そして第2部は、車座トークです。
一般の方はもちろん、尾道市立大学や福山大学、はるばる東京からも大学生が参加してくれています。
聞き手の阿部さんからは、4組の作家に通底しているキーワードのひとつとして、「見えなさ」を挙げてくれました。
その「見えなさ」の訳語として、未見のものや、気づいていないもの、目をそむけていること、見失っているもの、などなど、あらゆる見えなさがあるはずで、それらを見ようとすること、あるいは見えないということを確かめることが、視覚表現に携わる動機のひとつなのではないかとのことでした。
ものを見るとき、もう一方で盲点は必ずあって、どれだけ多くのものを見ても、見えないものはなくなることがありません。
その尽きなさが、人を惹きつけたり、考えさせたり、求めさせたりしてしまうのでしょうね。
また見えなさの話から、写真を撮るときに必ずつきまとうフレーミングの問題、近代絵画とのつながりや断絶、それぞれが乗り越えようとしているものなどに話は展開していきます。
私たちのほとんどは、視覚に大きく依存して生きています。
それはとても不確かであいまいで、しかし、そのあいまいさこそが、人間の目が持つ優れた機能なのかなと思ったりします。
また「見えない彫刻」に対しても、さまざまな方が発言や質問をしてくださって、やっぱり非常に身近な存在だと感じました。
この日は結局、話が尽きることもまとまることもなく・・・、名残惜しいながらも17:30でタイムアウトとさせていただきました。
たくさんの方にお越し頂いて、たいへん貴重な時間になったと思います。
個人的にも、まだまだ考え足りなかったり、お聞きしたいことが山積みなのですが、これにて4回にわけた報告も一旦〆させていただきます。
どうもありがとうございました!
(上から2枚目、3枚目:photo by Motohiro Ozaki)
更新日:2014年8月17日(日) 【展覧会】
尾道の今日は、久しぶりに晴れて暑い一日でした!
昨日の村上友重さんのワークショップのことも載せたいのですが、その前に「アーティスト・ミーティング」の報告の続きを・・・。
第3展示室に進んで、安田暁さんのトークです。
安田さんは、主に写真を媒体にしつつ、カメラを使わない写真や、「ある操作」を加えた写真を制作されています。
例えば、印画紙の上に直接、光るものを載せて感光させたり、プリントした写真の一部を覆ったり、複数のイメージを焼きつけたりなど・・・
安田さんはそれらの行為を、「まっすぐにしか進まない光を、むりやり曲げるようなこと。」という言い方で表していました。
写真といえば普通は、カメラを使って、実際に見えているものを、正確に写し撮ったものですよね。
しかし安田さんは写真を撮ることで、私たちが見失っているものや、見えていないものを浮かび上がらせていきます。
例えば 〈山を見る〉 では、写真にとって風景の一部を、金箔で覆っています。
覆われているのは、尾道駅の背後にそびえる“尾道城”。
実は“尾道城”は、個人によって建てられたフェイクの城で、当時は展望台だったのですが、現在は立入禁止の廃墟となっています。
街を訪れる人からは一番に目立つ場所にありながら、その街に住む人からは見放されてしまった、という矛盾した存在。
それを覆う金箔は、装飾ではなく、光の代わりとして使われています。
写真は、光がなければ写せませんが、光が多すぎると、写真には何のイメージも残りません。
金箔を光に見立てて、写真に写ったイメージを消してしまう、という作品です。
城がない千光寺山は、とてもありふれた山に見えます。
私たちは日頃、自分が見たいものと見たくないものを取捨選択して、見たくないものからは、上手に目を背けてはいないでしょうか。
尾道の風景の中には、実はそうやって視線から外れてしまうものが多いのではないかと思います。
また展示のはじめには、三岸節子の絵画と、安田さんの私物であるランプを置いています。
このランプは、もともと安田さんのお父さんのもので、とてもとても大切にしていらっしゃったものだそうです。
でも、お父さんが大切にしていた理由はよく分からない、とのこと。
安田さんの作品〈ランプ/ゴースト#1〉は、このランプを被写体にして、モノクロで一度焼いた写真の上に、色だけをまた重ねて焼いています。
少しずれて、うすくゆらめく色は、まるで幽霊のように見えます。
安田さんは、写真を撮ろうとすること自体が、幽霊のように不確かなものを見ようとすることなのでは、と語ります。
また三岸節子は、お祖母さんが好きな作家だったこと。
しかし自分は正直、今までは三岸節子を良いと思ったことはなかったこと。
でもこの作品は、意外と面白いと思えて、フォルムと色がそれぞれ別の方向を向いているように見えると話してくれました。
なかた美術館の絵画は、もともと一人のコレクターによって、ほぼ個人的な動機で収集されてきました。
その中から、再度プライベートな理由で作品が選ばれ、見られるというのは、とてもまっとうなことのように思えます。
ある作品が、誰かにとって重要なものになるのは、必ずしも、美術史的に重要であることや、“巨匠”が描いたからではなく
個人的な気づきや、私的なつながりがあるからだろうとも思います。
それぞれの作家の方に選んでもらうことで、コレクションに新しい姿が与えられているようで、そこも本展の見どころのひとつになっています。
とお誘いしつつ、明日18日(月)〜22日(金)は夏期休館となります。
大変申し訳ございませんが、どうぞご注意下さい。
休み明け8月23日(土)から通常どおりの開館です。またどうぞよろしくお願いいたします。
(上から2枚目、3枚目、4枚目:photo by Motohiro Ozaki)